2015年5月6日水曜日

特許開放とはどういう意味なのか  -トヨタのオープン特許戦略-

 昨年末に発表されたトヨタの燃料電池車「ミライ」。水素充填3分で650kmの走行が可能なエコカーである。先日、この燃料電池車(FCV)に関する特許約5,700件をトヨタが無料で開放するという報道がされた。特許はおおよそ1件あたり成立まで、50万円近いコストがかかる。仮にその額であるとすると、5700件  50万円=285000万円を他社にサービスするというわけだ。なぜであろうか?

 知財業界では、現在、オープン&クローズ戦略というのが一つのキーワードになっている。オープン&クローズ戦略は、東大の小川紘一先生の理論であり、これは、自社の技術を他社に使わせるオープンな領域と、他社に使わせないクローズの領域を明確に分けて、新商品や新サービスを業界に仕掛けていく戦略である。米国のテスラモーターズでも、昨年6月に、トヨタと同様、電気自動車に関する特許を開放している。トヨタもテスラも単純に、技術をオープンにしているだけにみえるが、彼らがクローズにしている領域はなにか?企業であるのだから、当然、慈善事業ではなく、売上げに結びつける必要がある。

 実は、この特許の開放は期限付きなのである。特許の開放は、2020年末までに限っているのだ。したがって、2021年からは、参入した他社や協力会社は、トヨタに特許料を支払う可能性が出てくるのである。このケースでは、トヨタは、他社や協力会社の参入を促進しなければ、水素ステーションが全国に配置されないし、水素以外の技術での車の開発が進んでしまう可能性がある。そこで、2020年までの5年間だけ、特許を無償開放したというわけである。2020年からは利益を得られるクローズ戦略なのだ。

 この事例を参考に、貴社でも、自社の情報の、何を、いつまで、オープンにして、何を、いつまで、クローズにすれば、事業が成功するか考えてみてはいかがだろうか。オープン&クローズ戦略は、決して技術的に高いレベルにないと出来ない議論ではない。身近な例を上げてみよう。

 先日、宮崎県の都農町で、「都農トマト鍋」というレトルトのトマトスープを販売している団体(都農もりあげ隊)の代表の矢野さんとお会いした。この方は、「トマト鍋という言葉は、都農町全体で、はやらせたい」とのこと。そこで、商標としては、「都農トマト鍋」(文字のみであれば地域団体商標)では申請せずに、団体の名前である「都農もりあげ隊」で申請をした。些細なことかもしれないが、この例では、「都農トマト鍋」を都農地方のトマト農家全体で盛り上げる・・といったオープン戦略(イノベーションの誘発)と、その商品の出所を表す「都農もりあげ隊」は、商標で守りたいといったクローズ戦略を意識している。例えば、「都農トマト鍋」の商標を取ってしまったら、都農地域の「トマト鍋」の他社の参入を許さないので、「トマト鍋」自体が、この地域全体で流行らなくなってしまう可能性がある。しかし、「都農トマト鍋」という言葉をオープンにすることで、地域全体での宣伝効果が高まるし、行政に協力してもらいやすくなる。

 オープン&クローズ戦略という現在流行の知財戦略は、ちょっとした事から始められるのである。貴社もトヨタや「都農トマト鍋」に負けずに、この戦略を意識してみてはいかがであろうか。




(*)「都農トマト鍋」の文字そのものは、地名+普通名称の組み合わせで商標の登録は困難とも言えるが、文字をロゴなどと組み合わせて権利化する場合は商標の登録が可能となる。ロゴも権利に含まれるが、一般には、文字で権利が取られたと誤解されてしまうことが多く、結果として、他社の参入が促されないことが多い。

(宮崎太陽銀行 「知財の散歩道」 第3回コラム)