2011年9月14日水曜日

イノベーションマネジメントのためのSNS「Spigit」

興味深いSNSの登場です。これは、新しいアイデアを収集し、アイデアの共有、評価、管理といった一連のプロセスを可視化できるSNSということです。日本では、電通国際情報サービス(ISID)の提供で、欧米では多数の採用実績をあげているということ。ただ、単なるアイデアの管理のためであるとしたならば、現在のパワポ+メールにSNSが加わるだけかもしれません。かつて企業のナレッジマネジメントがうまくいかなかったように、アイデアを入力する人のモチベーションが上がる工夫が必要でしょう。このようなSNSは、黎明期のシステムだと思いますので、これでブレイクするかは未知数かもしれませんが、顧客と社内のアイデアを情報統制しながら統合的に扱うシステムは可能性を感じます。ただ、このシステムを企業に使ってもらって、企業に入り込み、コンサルタントサービスを提供するのが、ISIDの最終目的かもしれません。このシステムを使えば、誰でもイノベーションなんて都合がいいのかもしれませんが、結局、このシステムを利用した後に出てくる、ISIDのコンサルタントの質にイノベーションは依存するのかも?(2011.9.13 ZDNet Japan

2011年9月6日火曜日

ゲーテ曰く「発明には精神が必要」

特許を重視するプロパテントと呼ばれる時代が過ぎようとしていますが、一方で、スマートフォンによる特許戦争は泥沼化しています。特許は、発明者の努力や発明にかけたコストを模倣から保護するという大きな役割がありながらも、他の利用者を排他的に除外するためイノベーションを阻害するとも言われています。

特許制度ができた頃は、どのような考え方で、その制度が設けられたのかなと思いまして、振り返ってみました。

ルネッサンス期に活躍した芸術家兼発明家といえば、レオナルド・ダ・ビンチかなと思います。しかし、彼は、特許とは無縁だったようです。というのも、彼の活躍した場所が、フィレンツェやミラノで、特許制度が作られた都市国家ヴェネチアではなかったからということです。

それでは、ヴェネチアでは、どのように、特許制度が作られたのか。

それは、ガリレオ・ガリレイが「螺旋回動型ポンプ」を発明した際に、国王に対して、以下のような請願したことが特許の申請であったのでは?と言われています。

「陛下よ。私は、非常に簡単に、費用も少しもかからないで製作可能でありながら、大いに利益のある、水を揚げ耕地に水を引く機械を発明しました。

・・しかし、これは私のものであり、非常に骨を折り沢山の費用を使って完成したその発明が誰でも販売できる共有財産になるのは嫌ですから、うやうやしくお願いいたしますが、どこかの工場でこれを制作、販売する際には、私にお恵をいただけますか。

すなわち、40年(あるいは陛下が思い示す期間)は、私と私の子孫から権利を得た人々以外はだれも、私の新造機械を制作したり、作ったり、使用したりしないように、これを犯す者を罰金に処して、その一部を私に頂ますよう、お願い申し上げます。

そうすれば、私は社会のためにもっと熱心に発明をすることが・・」

ガリレイって、、ずいぶん、独占的な人・・?って思われますかね?僕は思いました・・。子供のころの伝記って、いいことしか書いていないように思いますが、このぐらいの歳になって読むと、偉人もただのビジネスマンかな?

ただ、この懇願書には、特許制度の基礎が、かなり含まれているとも言えるのではないでしょうか。
特別に発明者に恩恵を与える、期間、権利、ライセンスの方法、ライセンス料の徴収、違反の場合の罰金、損害賠償・・。

現在、特許庁が特許出願の書式を定めていなかったら、このような懇願書を、内閣総理大臣や経産省大臣に提出して、許可をとらなければなりません!?

このガリレイの行動に対して、「技術論」の著者のディーゼルは、以下のように言っています。

「特許がなかったならば、言語に絶するほど複雑化する近代文明の組織も生まれ得なかっただろう。何となれば、アイデアの保護だけが無数のアイデアの木の早い成長を可能にしたのである。」

ディーゼルは、おそらく、特許がさらに新しいアイデア、すなわち、新しい特許を生み出す促進材料になっているんだと強調しています。

そして、ディーゼルは、ゲーテの言葉を紹介しています。ゲーテは、文学作品で有名ですが、発明発見についても積極的に発言しているようです。関心が高かったのでしょう。

(若干、難しいですが、私も勉強になるので、翻訳をそのまま記載します)

「木の實は別々の庭でも同時に木から落ちる。しかし同時代の人々、殊に同じ専門に働いている人々に就いて、誰かが他の人を前から知っていて従って故意にその人を出し抜いたのではないかを調べるのは難しいので、一般の生活にある観念的な不快が入り込んでくる。そして高尚な才能も他の世俗の財産のように紛糾葛藤の糧になる」

私の解釈です。美しくない文章ですが、構造を捉えたとして、ご勘弁を。
(発明は人類に同じ恩恵を与えるのが前提であるが、誰かが模倣をしたかの判断は難しいので、財産の争いになる)ということかと。

「発見と発明にあってはなぜその権利に関して複雑な困難な情勢がいつまでも続き、又絶えず起こってくるかを考えることは常にやりがいのある仕事である。

発見には幸運が、発明には精神が必要であって、発見には幸運を、発明には精神を欠くわけにはいかない。

このことは、自然の対象やその性質は、伝統に頼らずして、直接に個人的に認めることが出来ることを明らかにし、それを立証している

しかし、上述のことから、我々が・・・全く新しい独自の認知は、非常に尊重されることを知るのである。だから、誰でも自分を他の多くの人から際立たせているものを棄てようとしないからといって、その人を怨んではならぬ」

私なりの解釈をしますと、発明は、単なる偶然で見つかる発見とは異なって、人間の精神であり、誰にでも価値がある全く新しい独自の認知であるが、これを一般人に開放しないからと言って、その人(ダビンチ)を責めることはできないのではないか、ということかと思います。

世の現実には、貧富の差があり、財産を持っている者と持っていない者がいます。しかし、財産を持っている人が、なぜ、持っていない人に、財産を恵んであげないのですか?と言われることは、社会主義?的には、正しいのかと思います。しかし、資本主義の現実では、寄付したり、可能な範囲でボランティアすることは、当然、奨励されますが、財産を公共財産にすることを強要するのは行き過ぎなのかなと思われます。

発明において、独占権を付与するというのが、人間の精神を保護するためには、現実に適したひとつの形であり、独創性のある発明者が独占するものに対して、認めてあげるぐらい、まわりも余裕を持とうよ、というところでしょうか。

結局、ガリレオの特許は、1594年9月15日に許可され、20年の期間で、侵害があった時は、機械の押収と、300ドゥカットの罰金となったようです。特許の存続期間は、今も20年ですから、このとき定められたまま!?そういう意味では、特許権の力の加減は、まだまだ調整の余地があるかもしれません。

(参考文献:特許の文明史:著:守誠:新潮選書)