2011年10月28日金曜日

特許審決後の分割出願は認められるべきでは。

部下が顧客に対してミスをして、上司がそのミスを撤回。にも関わらず、普段忙しい上司に仕事をさせたツケを、顧客に負わせる。

つまり、

審査官が出願人に拒絶査定を判断し、上司である審判官が特許にして良いと判断し、特許審決に撤回したにも関わらず、出願人は、その出願について、分割出願をすることができない。

ちょっと厳しく言いすぎかもしれませんが、平成18年分割出願の時期的緩和による特許法改正は、そのような取扱いではないかと思われます。

特許庁は、この10年近く、多すぎる特許出願に対して、審査が追いつかず、出願人や発明を保護するという目的に加えて、審査の迅速化という目的から、特許法を改正しました。例えば、出願後の補正の制限は、審査が遅延する目的の補正は、認められません。つまり、審査が遅延するのならば、発明の保護が若干、蔑ろになっても、致し方ないということでした。

これに対して、分割出願の時期的緩和は、分割出願が可能なタイミングが増え、出願人にも大きなメリットがあり、かつ、無駄な分割出願が減り、審査の迅速化も促進される、効果的な改正だったのではと考えられます。

しかし、その内容を、さらに、もう少し出願人のメリットのために、改良されるべきではないかということを提案したいです。

分割出願の時期的緩和により、分割出願は、出願人にとって、特許網を生成するのに大事な手段になったように感じます。すなわち、中小企業では、特許出願のコストの関係や、発明の打ち合わせをまとめて行う関係から、一つの特許出願に多数の発明を入れ込むことが多々あります。そのため、分割出願を行なって、従属項を独立項にしたり、実際の実施製品に即したキーワードに限定して、再度、特許を取得するといった方法で、特許網を構築することは極めて有効に感じています。

現状の法制度では、審査官が特許であるとする特許査定では、分割出願ができますが、審査官が、特許にしてはいけないと拒絶査定をして、審判官が、いやそんなことないよ、特許にしても良いよといった場合(特許審決の後)に、分割出願を行うことはできません。

特許庁の見解(平成18年改正本)では、「審判請求前までに、分割出願する機会が十分に与えられている」ので、審判請求後は、分割できなくてもよい、ということですが、よく考えると、出願人としては、拒絶査定と判断されて、審判請求する出願を、分割出願する気には、まったくならず、特許審決後に、はじめて、落ち着いて、様々な権利取得を考えられる、というのが一般的ではないでしょうか。

特に、前置審査(審判請求後の審査官による再度の審査)後に、審尋で、特許は認められないとされ、審判官が招集されたあとに、即座に、特許審決となった場合、審査官の判断ミスという理由が大きいのですが、この場合に、分割出願ができず、出願人にデメリットが発生するのは、不合理に思われます。

特許出願数が減り始めた現在では、特許庁内の事情を優先するのではなく、もっと、発明やアイデアの源泉である出願人を大事にする改正を期待したいです。

2011年10月10日月曜日

オビワン・ケノービとAT&T特許の戦い


「数学は特許になるか」という論点についての書籍を見つけました。

スタンフォード大学で博士号を取得している数学者の今野浩教授が、「カーマーカー特許とソフトウェア」という新書を中公新書から出版されています(絶版されていますが中古で手に入ります)。今から、16年も前に出された本ですが、研究者の立場から述べるアルゴリズム特許の見解を知る大変よい本だと思います。この中から、AT&Tの特許に関する面白い事件を見つけましたので、紹介させてください。

かつて、AT&Tは、基礎研究に基づいて開発した成果を、世の中にオープンにすることで業界に技術を提供していました。例えば、UNIXシステムは、誰もが使用できるオープンなシステムとして提供され、現在でもUNIXのOSは健在ですよね(私もITエンジニア時代にお世話になりました)。しかし、このUNIXのオープン戦略とは、極端に逆の方向で、AT&Tが強権な特許権を行使したことがありました。

若き天才的な学者、カーマーカー氏は、線形計画法について、革新的な解法を見つけました。カーマーカー氏は、インド人で大学は最優秀の卒業で、大統領からもメダルを授与されているほど。しかしなががら、人徳としては、謙遜な態度を全く見せず、業界の先輩たちからは、嫌われ者。

そんな彼と、AT&Tが組んで獲得した特許が、線形計画法の数学的解法である

「カーマーカー特許」です。

これは、線形計画法に内点法という技術でアプローチした解法で、例えば、航空会社の人員の割り当てをどのように決めれば、一番、経営効率が良くなるか等の、経営に関わる問題を解くことができる可能性があり、経営合理化を推進したい企業が大いに関心を示しました。

AT&Tとカーマーカーは、この「カーマーカー特許」を利用したソフトウェア「KORBX」を開発しました。なんと、この値段が、当時の価格で11億円!

それでも、デルタ航空等の大手企業は、経営合理化のコスト削減のほうが額が大きいと考え、「KORBX」を購入しましたが、もちろん、この値段を払えない企業は全く利用することができませんし、今野教授達は、大学での研究利用にもかかわらず、権利行使をするという警告をAT&Tから受けたそうです。このようなAT&Tとカーマーカー達の独占排他的な行動により、そもそも人徳のないカーマーカーが、さらに、権利を独占しようとする特許の存在により、線形計画法の学会や、精通した学者たちとのネットワークが遮断されていきます。

一方、大学教授からなるベンチャー会社「XMP社」は、「カーマーカー特許」の技術である内点法を利用したソフトウェア「OB1」を、600万円近くで販売開始しました。

この「OB1」の名前の由来は?

なんとスター・ウォーズの「オビワン・ケノービ」からつけたそうなのです。悪の帝国といっては言い過ぎかもしれませんが、ダースベーダーに相当する「カーマーカー特許」に対して、正義の味方「OB1」が内点法の技術の普及を救う!と言う意図なのでしょう。

そんな「OB1」の技術は、微妙に「カーマーカー特許」の技術的範囲に入っていないため、AT&Tは強気に権利行使することができませんでした。しかし、その微妙な違いを裁判で判断するのは難しいため、訴訟を起こすという手段はありました。訴訟が起こされると、ベンチャー企業である「XMP社」は、高額の弁護士を何人も抱える必要が生じて、コストがかかりすぎます。そこで、権利範囲には入っていないけど、「OB1」の売上の5%をAT&Tに支払うので、「OB1」に権利行使をしないでくれという方法でお互いに和解しました。

このあと、「OB1」は、悪の枢軸「KORBX」をやっつけることができたでしょうか?

過去3年間で最も優れたソフトウェアに送られる「オーチャード・ヘイズ賞」の授賞式がありました。
ここで受賞したソフトウェアは、なんと、「KORBX」ではなく、「OB1」に贈られました。これが決定的になり、「KORBX」は、市場から撤退してしまいました。

結局、AT&Tの戦略は失敗に終わりました。今野教授の見解では、特許を利用したソフトウェアの高額設定と、線形計画法の研究者のネットワークを過小評価したことが失敗の原因ではないか分析しています。

まったく、そのとおりだなと思いますし、我々の特許権の活用に、参考になる事例のように思います。もちろん、現在では、数学的なアルゴリズムは特許として成立しません。しかし、数学のように広範囲に影響を及ぼす技術について、独占的に、その技術を囲うことは、イノベーションを阻害すると共に、業界関係者の共感を得られず、結果として、孤立することで、その後、他の技術に駆逐されるという例ではないでしょうか。

この例では、AT&Tの高額な価格設定や、カーマーカーの不遜な性格は、業界の悪者として、分かりやすいぐらいあてはまりますね。

現在では、このようなAT&Tのような会社が、もう少し、善者の顔をして、知財戦略と呼ばれる戦略で、巧妙に仕掛けてきているかもしれません。いずれにしても、「競合」している業界の関係者と、「協合」しなければ、どんなに優れた技術でも、繁栄させることはできないという好例ではないでしょうか。

(現在では、特許法の改正により、イノベーションを阻害する特許権の行使に対して改正が行われていまして、日本も米国も、数学的なアルゴリズムは、現在では、特許として成立しません。また、大学教授が特許を利用する際に、試験又は研究のために利用する場合は、特許権の効力が及ばないことになっています(特許法69条、米国は判例)ので、ご安心を。)